小学生の時から死にたいと思っていた人の話

小学生の時から死にたいと思っていた人の話 雑談

はじめに

あなたも人生で一度は死にたいと思ったことがあるのではないでしょうか?ここでは小学生の時から死にたいと思っていた筆者の話をしていきます。

家庭環境は?

父、母、姉、弟の5人家族でした。基本的には普通の家庭だったと思います。裕福とは言えないまでも、部活に入ったり、ペットを飼ったり、日々の衣食住に困ることはありません。しかし、父と母は激しい喧嘩が多く、食事中にちゃぶ台返しをされたり、母親が喧嘩のたびに子供をおいて家をあけたり、離婚騒動もありました。大学に進学するまで状況は同じでした。

小学生の時の性格

小学生の時から死にたかった私の性格の特徴として、1つ目は「真面目」でした。

友達もいたし、運動部にも入っていて、学級委員を引き受けるなど、優等生的な感じでした。でも、全部が全部、やりたくてやっていたのではありません。嫌なことを嫌と言えなかっただけでした。「みんなが嫌がる役割をやるのが私」、「何かあれば先生も私にやってくれない?とお願いしてくる」図式がいつの間にか出来上がっていました。

そして、2つ目の特徴として「泣き虫」でした。

負けず嫌いな部分もあったと思います。しかし、その負けず嫌いのもとは、「良い子、出来る子な自分」でいないといけないというプレッシャーだと思います。

また、母親が、父親や他の兄弟の愚痴を私に言っていたので、「自分はそうしちゃいけない」、「同じことをしたら母親に嫌われる、存在価値がなくなる」と思っていました。なので、少しでも「出来ない」自分が受け入れられず、悔しくて怖くてよく泣いていました。

なぜ死にたかったの?

結論から言えば、これと言う1つの理由があるわけではありません。三十路近くなった今でも死にたい気持ちは消えません。自分的に分析すると、以下の理由が考えられます。

①親の喧嘩

子供の頃は、なぜか親の喧嘩を無条件で「自分のせい」だと思い込んでいました。はっきりと言葉にしなくても、母親が泣いたり、家出したりすると、「自分がいなければ」、「自分がいるせいで」と自己否定の気持ちが強くなっていました。

②プレッシャー

学校でも、家でも「良い子」でいることを求められすぎたと思います。正確には、そう求められていたわけではなかったのかもしれません。しかし、自分としては、「良い子でなければ自分でない」、「良い子でない自分は価値がない」と思ってしまうほどプレッシャーを受けていました。自分が何のために生きているのかわからなくなり、辛くて仕方ない時には自分の体を傷つけたりもしました。

今はどうなの?

三十路近い今でも、死にたい気持ちは変わりません。心の調子によっては、その気持ちに負けてしまいそうな時もあります。

親元を離れても、結婚して新しい家族が出来ても、死にたい気持ちがなくなることはありません。自分の経験から思うに、子どもの時の体験は本当に大切です。場合によっては、その後の人生全てを決めてしまうほどです。

世の教師、親御さんに知ってほしいことがあるとすれば以下の一言につきます。

良い子、手がかからない子ほど注意をしないと、取り返しのつかないことになります。

小学生の時から死にたいと思っていた私は、それでもまだ生きています。ですが、いつ死んでしまうともわからない状態です。自分でも、自分がいつまで耐えられるかわからないのです。

そんな子供や大人が少しでも減ることを祈っています。

おわりに

小学生の時から死にたいと思っていた私ですが、とりあえず三十路までは生きています。いつまで生きる力が残っているか、自分にもわかりません。そんな不安を抱える人の気持ちが少しでも和らげば幸いです。

タイトルとURLをコピーしました